「おいしい記憶をおしえてください」
この画像と本文は余り関係は無いのですが。
春先だったか、ある加工食品メーカーがエッセイを募集したときに、そのタイトルを見た途端、頭の中にふっと文章が降ってきて、1時間ほどで書けてしまった。結果は落選したようなんだけど、まあここは日記でもあるし、備忘録的にアップしておこうっと。
「お爺さんの夢といわしの煮付け」
小学生の頃、千葉県船橋市の田舎に帰ったときに必ず爺さんにねだっていた味がある。
それは「いわしの煮付け」、である。
おそらく醤油とみりんかお酒、いくつかの調味料をふって煮たのだとは思う
魚の味はもちろんのこと、甘辛の味の具合は絶妙でご飯を何膳でも食べることができた。子供用にと用意してくれたハンバーグやソーセージなど目をくれず、ただいわしの煮付けばかり食べていた。
あまりにおいしい、おいしいと言って食べるものだから、母が祖父に詳細を聞いて家で作ってくれた。
しかし僕の答えは「爺ちゃんが作ってくれたものと違う」。
母は「あらそう」と一言いったきり、二度と作ってくれることはなかった。
そのことを田舎に帰ったとき爺さんに話すと、とても嬉しそうに「食べたければ船橋に来ればいいじゃないか」と笑っていたことを思い出す。
時は過ぎ、祖父は高齢のために床に伏せった。ほどなく認知症も進行して、いわしどころか僕自身誰なのかも思い出せないようになっていった。そして沖縄で仕事しているときに、亡くなったとの連絡をもらった。既に危ないとは聞いていたので、少し前に母とお別れの挨拶…といってももう爺さんはベッドの上でただ息をしているだけであったけど…はしていた。
ちょうどその頃、一度だけ爺さんの「夢」を聞いたことがある。
「爺ちゃんはな、魚屋になりたかったんだよ」。船橋は魚市場があり、僕が来るという日には必ず出向いて、鰯をはじめとしていくつかの新鮮な魚を買いに行っていたらしい。あの味は、新鮮な魚を爺さんが選んでくれたからこそ出せたのだろうか。
新聞に掲載されたこのお題を見ると同時に、この話が次から次へと思い出された。そして1分後にはパソコンに向かっていた。
そしてこの記憶を書いている横で、かみさんが「お爺さんが作ってくれたという鰯の煮付けのことを書いてるんでしょ?」と言う。どうしてわかったの?と聞くと、あなたが味の記憶の話をするときに必ずするじゃない、と言われた。
結局、僕の遠い記憶の中にある味は誰にも引き継がれることはなかった。しかしいつか、いい鰯と醤油を使って僕自身がこの味を再現してみたいと思っている。その味は、もしかしたら爺さんと同じ年にならないとできないのかもしれないけど。まずは魚が好きな息子たちに食べさせてみよう。
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